月下星群 〜孤高の昴

    “そんなの知ったことか”
  


四季というものがある土地では、
秋は豊穣を空と大地に感謝する祭りが催され。
そのままなだれ込む冬の寒さを前に、
滋養のあるものをたっぷり食べたり、
この一年はご苦労さんだったねとねぎらい合ったり。
作物が取れない時期の保存食を工夫する忙しさに追われる前のバカ騒ぎ、
心ゆくまで楽しむことが習いとなっている土地が、海の上でも結構多い。
大きな島の名だたる港町ではカーニバルが催されもするし、
グランドラインの奥座敷、新世界ではさすがにそこまでの余裕がある島は少ないが。
小さな島でも補給地としての往来が盛んなところでは、
船乗りたちの気を引くためにも、
豊穣の神様の折り紙付きだの、この秋一番と賞を取った品だのと、
ありがたい肩書をこれでもかと並べ。
海の上でもきっと恩恵があるよと、
市場で声を嗄らして呼びかける出店も増える。

 「まあ確かに、滋養があるってのは間違いないからなぁ。」

とはいえ、その土地土地の神様が海の上まで出張してきてくださると思うのは、
ちょっと無理があるかもなとサンジが苦笑し。
それでも、この島の名産だと近隣海域でも有名だった、
芋だのズッキーニだの、土あってこその作物を
丁寧に見極めては大きな荷車へと積んでゆく。

 「今日はちょっと冷えるから、チーズフォンデュでもするか?」
 「わ、俺それ大好き!」

荷車の前にトナカイ型の形態で収まっていたチョッパーが、
いかにもワクワクとした笑顔を見せて、
たまたま通りすがったお使いの小僧さんをギョッとさせたのも ままいつものこと。
いわゆる動物の姿で人のような生活をする種族もいるらしいが、
小さな小僧さんでは外の世界もそうは知るまいから、
さぞかしびっくりしただろう。

 「フランキーのコーラは、サニー号の燃料も兼ねてるからってことで
  樽での大量販売してるところへ話をつけるとか言ってたから…。」

そっちは任せっきりにして構わぬだろう。
ルフィが 陸への寄港のたびに、毎回切望…いやさ渇望している新鮮な肉も、
いったん船へ積み込みに戻ったほど大量に仕入れたし。
ブルックとチョッパーが主食並みにご贔屓の牛乳も、
専用貯蔵庫へなみなみ満タンに入手済み。
料理でも使うから まあ次いでかなの、
剣豪や実は酒豪な航海士さん垂涎の辛口系の酒各種。
小麦にコメに、乾麺タイプのパスタに様々な香辛料に、
主には女性陣を楽しませるための、質の良い茶葉やサイダーで割るシロップ、
甘口のワインや果実酒、スィーツ用の生クリームや
長期保存用とは別口の、ご当地お勧め 新鮮な果物などなども、
遺漏なく買い求められたなと大きなメモをチェックしておれば、

 「…っ、なんだ?」
 「〜〜だってよ、観に行くかい?」
 「やなこったい。
  お前こそ そいつらがこっちへこねぇかを見てこいや。」

周囲の雑踏の中、土地の者が出している屋台からのそれだろう
やや穏やかならぬ会話の声がふと聞こえた。
喧騒とまではいかないが、それでも補給地としては有名どころの港だ。
行き交う人の数も相当あることから、
帆布のテントが居並ぶ市場に満ちた会話の声は
ごちゃりと一緒くたに絡まってるその上、ほとんどが空や外へと放たれてしまうが、
こちとら それこそどんな方向から
海軍だの地周りのごろつきからのちょっかいが出されるやも知れない身なものだから。
物騒な文言へはついつい過敏にもなってるようで。

 “ま、滅多なことじゃあ関わり合いにはならんがな。”

逃げるつもりはないけれど、要らぬ火の粉はかぶらないに限る。
仲間内にはか弱い(?)女性陣もいるのだしと、
素知らぬ顔のまま新しい紙巻に火をつけておれば、

 「…喧嘩かなぁ?」

観た姿そのまんまの牧歌的、本来は平和主義者なチョッパーも、
耳やお鼻の感度の良さからどこかで起きてるらしい騒動に感づきはしたらしく。
とはいえ、観に行こうぜと血気盛んになるでなし、
まるきりの他人事という言い方をしはしたけれど、

 「気のせいだと思いたいんだけど、
  今朝食べたサンジ特製のマルゲリータの
  ハーブたっぷり特製ソースの匂いくっつけてる奴が混じってるぞ?」

 「知らねぇよ、放っておけ。」

出店の主人の挨拶よろしく、軽くいなしたサンジとしては、

 「いいか? ウソップなら自分から進んで災難に飛び込む性分じゃねぇし、
  万が一巡り合わせが悪かったとしても、逃げ足生かして何とかする。
  麗しの賢い女性陣がピンチなら、かぐわしい匂いもするだろうが、それはないんだろ?」

 「ああ・うん、えっと…して来ないぞ?」

だったら自分が駆けつける事案じゃあないということらしく
もっともらしい顔つきで うむうむと大きく頷いてから、

 「残りの面子なら尚のこと駆けつける義理はねぇ。」
 「…それって薄情じゃないか?」

判っちゃいたけど、サンジって基本 男には冷たいなぁと、
あらためて呆れたような溜息をついたトナカイさんへは、

 「そうかな。
  じゃあお前、助けに来てほしいのか?
  そんなまで強い男になったってのによ。」

さらっと云い放たれたのがこの一言だったのが、
何とも狡猾、もとえ効果的だったりし。
何しろ、途端に背条がシャキンと伸びての、
だがだが目許は睫毛もくっきりと、双眸もきらきらと輝いての、
見るからに嬉しそうな相好総崩れというお顔となっていて。

 「そそそそ、そうだよなぁvv 何せ海の男なんだしなぁvv」
 「おうよ。
  いっぱしの海の男なら、こんな市場で売られた喧嘩くらい、
  釣りは要らないぜって胸張るくらいの余裕で
  何とか出来なきゃなぁ♪」

からからと手放しで笑ったサンジの言へ、
自分もその“いっぱしの”に含んでもらえてるんだと嬉しくなったチョッパー、
同じように“エッエッエッvv”と笑い飛ばしてしまったけれど。

 「あれって、サンジくんとしては、
  その他の男どもが巻き込まれてる喧嘩なら誰が行ってやるかと思ってるってことよね。」

判りやすいっちゃ判りやすいけど、
結局は子供よねぇと、呆れ半分に肩をすくめたのが、
織物の出店を観て回ってた途中でたまたま通りかかった みかん色の髪した航海士さんで。
そんな彼女の言いようもまた、可愛らしいなぁと感じたか、

 「頼もしい顔ぶれぞろいですものね。」

うふふと笑ったロビンの言い方へ、やはり過敏に反応を示して。
おいおいと怪訝そうに眉をひそめたナミとしては、

 「その言い回しをサンジくんにしちゃあダメよ?
  大人に見えて、あっさり乗せられて、
  いやまあ俺が行ってやらないとテキパキと片づけられない困った連中ですからなんて、
  よく判らないプライドくすぐられては飛び出してく、
  世話焼き型の喧嘩好きに変貌しかねないんだから。」

 「あらまあvv」

ほらやっぱり可愛らしいと、
予測通りに乗ってくれたお嬢さんだったのへ、
そりゃあ朗らかに笑ったお姉さまだったのでありまして。
それぞれが我が道を優先し、
他のクルーのやることへは 迷惑かけられなきゃノータッチの不干渉だとしておきながら。
でもね あのね?
肩越し・背中越しによく見ているからこそ、
びっくりするほど的確に把握し合ってもいて。

 “大人と青少年の半分半分ってとこかしらね。”

 ようよう把握している仲間なくせに
 命にかかわる窮地なら放ってなんかおかないくせに
 手を出したら奴の誇りに傷がつくから…とかいう
 そんな微妙な矜持なんてことも飲み込みあっているくせに

絆と呼ぶには照れが出るし、
コンビネーションなんて言われるほど 仲がいいなんて思われるのは腹立たしいと、
いちいち牙剥いてムキになるところが何とも青くて初々しいなぁなんて。
彼らに比すればだいぶ大人になってから得た
“仲間”というものの微妙な機微へ、
微笑ましいなぁと苦笑が止まらず、
髪を揺らした潮風のせいにして空を仰いだ考古学者のお姉さまだったそうな。





    ◆ おまけ ◆


兄ちゃんその腰のものって、大業物じゃないのかい?
金が要るなら高く買うぜ…と。
悪い例の商いの玄人らが
値打ちも判らぬ金満家の護衛とかなら、丸め込んでの巻き上げてやるべと構えたらしき、
猫なで声でのお声掛け。
もっと開けた場所ならともかく、
掘り出し物でもないかとうっかり踏み込んだ路地裏などによくいるのが、
油断も隙もない、こういう手合いの存在で。
結構ですなんて振り切れればいいのだが、
地元の強みで 逃げ道なんてとうに塞いでの囲い込みも済んでおり。
逃がしてほしけりゃ刀と有り金置いてきななんて、
通り一遍な言いようを放りかかったちんぴらどもだったれど。

 「これがどんな銘かも判らず、声を掛けて来たような節穴にゃあ、
  任せて譲るってわけにはいかねぇなぁ。」

背後の遠くには路地の入口がぎりぎり望めて、
隙間で切り取られたそっちでは、何の変哲もないお買い物を楽しむ風景が広がっており。
日常へ戻りたいだろうに片意地はるなよと、へらへら笑っていた青髭が、
片手は剃り残した顎の髭あとに添えたまま、
でも実は左利きなんだよという不意打ちを食らわせようと、
もう一方の手を閃かせ、相手の胸元深くへ刃物を突き付けかけたのだが


  「あれ?」


刃物がいつの間にか消えており、柄の部分だけ繰り出してた青髭で。
何やってんだとお仲間が舌打ちし、
得物の手入れくらいしておけよと呆れた同じタイミングに、
飛んでった出刃の先の部分だけが、
彼らの背後にあったごみ箱だろう木箱の蓋へバイ〜ンっと突き立っていたりするのだが。

 「トンチキがふざけた真似したな、兄ちゃんよ。」

脅しになんねじゃねぇかとお次の男が身を乗り出したが、
特に感慨もなかったか、やはり突っ立ったまんまの旅の男は、

 「…。」

ご指名されてた和刀の柄をちょいと引いて、
その鯉口をパチンと斬り直して見せただけだのに。
何のつもりだと眉を寄せた二番手のズボンが、
一気にすとんと落っこちて。

 「わっ!」
 「何してんだ、お前わよっ!」

数人がかりで取り巻いて、妙な動きはせぬように見つめていたはずだったのに。
腰のベルトはすっぱり切れていて、
だが、相手の腰の和刀も鯉口部分がちらりと覗いただけ。
それでぶった切ったとは到底思えず、

 「何だなんだ、こいつ悪魔の身の能力者か?」

だとしたら、海の水でもぶっかけてやれやと、
冗談めかしたその実、腰を引いてのやや神妙な空気を帯び始めた輩へ目掛け。
芝草みたいな珍しい色の髪をし、腹巻に三本刀という目立ってしょうがないいでたちの剣士様。

 「…しょうがねぇなぁ。」

やはり大した奴らではなかったかとの、溜息をつきつつ肩をすとんと落として見せると、
重たそうなブーツの底をじゃりと鳴らして歩みを進める。
こんな路地へ入り込んだのもいつもの性分が出たまでのことだし、
戻る方向を塞がれたのでと向かい合ってみたまでのこと。
大した相手じゃないのならと、すたすたと歩き始める彼の様子へ、

 「ば、馬鹿にするのも大概にしろっ!」

まだいろいろと不審な相手、それでも掴みかかった連中だったが、
誰一人掴まることのできぬまま、路上へどさどさと倒れ伏しただけ。

 「え?」×@

こんな狭い路地だというに、触れさせることなくの身を躱した相手であったらしくって。
重なって倒れたものだからすぐには追うことも出来ぬまま、
体よく振り払われたお寒い結果と相成ったごろつきの面々。

 “…何だったんだよ、一体よぉ。”

その日の午後にも、とある大物海賊団の船長が街の顔役を叩き伏せた大騒ぎを起こして出奔し、
それが麦わらの海賊団で、自分たちが翻弄されたのが海賊狩りのロロノア・ゾロだったと知るまでは
変な奴だったが大方俺らに恐れをなして逃げたんだと、大きにうそぶいてたそうである。






     〜Fine〜  15.11.16.


 *ちょっと本誌ネタになりますが、
  ハートの海賊団のしゃべる白クマさんのような存在が、
  チョッパーみたいに悪魔の実関わりでなくとも
  当たり前に存在する土地もあるそうですね。
  巨人も小人も魚人もいるんだから、そういうのもアリってことでしょか。
  新世界ってホント奥が深いなぁ。

  …と誤魔化してみたりして。
  実はおまけの方こそ、
  某剣豪のお誕生日ネタにと書き始めたのですが、
  何とも収拾がつかぬうちに当日が過ぎちゃったので、
  仕立て直したのがこのお話。
  強くなりすぎた人たちなので、
  事件に絡ませにくいったらりゃしません。(ううう…)


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